扇とは
扇は携帯用に団扇を折りたたみできるようにした日本で発明された道具です。
当初は、檜の薄板をつづりあわせた「檜扇」ができて、その後に軽量化のために「紙扇」ができたようです。
名称の由来は「あふぎ」(煽ぐの意味)からきており、団扇と同様に風を煽る一般的用途の他、武士が身嗜みの一つとして持つ他、戦場でも旗印的に用いられるものです。
室町時代には武家作法が整っていき、扇の作法も細かく定まります。ことに弓馬式方での作法は煩かったようです。
扇を持たない武士は作法知らずになってしまうことになりますので、扇は武士の道具であり、尚武紋のひとつとして数えられます。
末広
扇は末広がり状に開くので縁起が良いものとされます。「末広」という嘉名から、冠婚儀式などのご祝儀の進物にもなり、威儀を正した和服の正装において必須の持ち物です。
この扇の形状により縁起を担ぐ瑞祥的な意味合いを持ちます。
扇紋の分類
当サイトでは「紙扇」「鉄扇」「軍扇」の紋を「扇紋」として扱い、「檜扇」の紋は主に宮中で用いられているために尚武的意味合いはないので別カテゴリーとして扱います。
「団扇」については同じ尚武紋なのですが、構造的に畳めないものなので扇紋とは別のものとして扱います。
又、「地紙紋」は紙扇子の紙の材料部分を紋様化したものですが、「器物・調度品」の部類に入れておりますが「扇紋」として扱っています。
佐竹氏の扇紋
家紋としては、鎌倉時代に源頼朝が同じ白旗を持つ佐竹氏に日の丸扇紋を下賜したという逸話が有名です。
佐竹氏の先祖は源義光で義家の弟です。遡れば頼朝も佐竹氏も先祖が源頼義なので同じ白旗の軍旗を指していました。義光は頼朝の高祖父(4代前)である源義家に従い平安時代後期の後三年の役に参戦しており、その際に武蔵の国の神社に戦勝祈願をしています。
結果、源義家は奥州の清原氏との戦いに勝ち、源氏は関東での足固めをしていくのです。
源義光が戦勝祈願をしたという神社が東京都足立区にある「花畑大鷲神社」で、幕末に子孫である佐竹氏が寄進して本殿を改築したと伝わっています。花畑大鷲神社の神紋は佐竹氏と同じ「五本骨扇に月丸」通称「佐竹扇」です。
「花畑大鷲神社」といえば、酉の市の発祥の神社であることでも有名です。
使用家
佐竹氏、山中氏、粟屋氏、鳥井氏、渡部氏、原田氏、柿原氏、中嶋氏、乗嶋氏、大河内氏、松平氏、浅野氏、立花氏、田辺氏、五味氏、吉富氏、飛川氏、岩田氏、佐治氏、飯室氏、長縄氏、浅井氏、粟生田氏 など
扇の家紋
屋島扇
屋島という地名と扇とくれば、源平合戦における逸話を連想させます。平家方が扇を晒しこれを射よと挑発したものを源氏方の那須与一が見事に扇を射抜いた逸話です。 「那須扇」の家紋も同様の意味があるような家紋です。
扇落とし
扇落としは遊郭における遊びの一つで、投扇興の事と思われます。台座にイチョウ型の的を立て、開いた扇子を投げて的を落とすものです。 扇 と的の落ちた形を源氏54 帖になぞらえた図式に照らして 採点し、優劣を競います。 源氏物 […]
太平寺扇
佐竹家の「月丸に五本骨扇」より骨が2本多いこの紋は、佐竹家菩提寺の天徳寺の末寺である龍淵寺の住職により開山された太平寺の寺紋です。 「人間でいえば大平寺は天徳寺の孫のようなもの。2代後の寺という意味を込めて扇の骨を2本多 […]
地紙の家紋