尚武紋としての団扇
団扇の用途は合戦場における自分の存在を知らしめるための旗指物に使われています。風を起こす道具でもありますが、火の勢いを増す効果があり、戦場において自軍の優勢を促す尚武的意味あいを持つ紋です。
団扇紋の種類
団扇の家紋には大きく分けて3つの種類があります。
- 軍配団扇(唐団扇)
- 羽団扇
- 丸団扇

軍配団扇
唐団扇という名称です。武将が采配に用いていた武具であり、現在では相撲の行事が用いているので馴染みがあると思います。武田信玄と上杉謙信との川中島合戦で信玄公が軍配で謙信の攻撃を躱したイメージがあります。軍配は武蔵七党の児玉党に縁のある諸家で用いられていて尚武的性格を帯びる紋です。


羽団扇
天狗が持っているとされる団扇が羽団扇です。風雨を起こす能力があるとされ、能の舞台では天狗の小道具に欠かせません。天狗は飯縄大権現の使いとされ修験道の信仰の対象になっています。修験道の歴史を持つ山寺では羽団扇を紋としているところがあります。関東の修験の山で有名な高尾山の薬王院有喜寺ではその天狗が祀られていますし、富士浅間神社の神紋にもなっていることから修験道と羽団扇の紋の関連は深そうです。また、棕櫚の紋と似ていますが、天狗の羽団扇自体が八手(ヤツデ)の葉をモデルに肖像化されているのでその材料が鳥の羽なのか植物由来なのかは問いません。棕櫚の紋が団扇の紋に属していることも考えられます。また、三国志の諸葛亮孔明が軍配的用途で持っているイメージもあります。

丸団扇
現在の納涼に用いる団扇の形状と同じものです。古来は軍配と同様に用いられていたとの記述もあり、庶民の日常の道具とは判断はできません。「太平記」では足利尊氏方の饗庭命鶴丸の軍勢に襲い掛かる新田義興方の児玉党の旗印に使われています。「源平盛衰記」では武蔵七党の児玉党が団扇の旗指が丸団扇だったとあります。実際に旗指物に使われた錦絵がありますし、夜討曾我の挿絵では相撲の軍配に丸団扇が使われている様子が描かれています。


団扇の紋を使用した武蔵七党の児玉党が、源平合戦の勝利と共に勢力を拡大し団扇の紋も全国に広がります。その後も姻戚関係の諸家も江戸時代まで大名などになって勢力を伸ばし続けました。歴史の長い紋は使用する家が増えるために種類も多くなります。
団扇の家紋は武蔵七党の児玉党の本拠地であった武蔵国(西埼玉~群馬)、源平合戦以降、児玉党が東海、西国にも拠点を設けたこともあり広島、九州、愛知に多く使用されています。
使用家
粟生田氏、富田氏、矢島氏、真下氏、筒井氏、小幡氏、阿佐美氏、倉賀野氏、本庄氏、岡部氏、久下氏、猪俣氏、庄氏、奥平氏、塩谷氏、新生氏、臼倉氏、植木氏、大淵氏、四方田氏、小河原氏、小代氏、鳴瀬氏、北氏、新屋氏、牧西氏、三雲氏、蔵満氏、内藤氏、久留島氏、桜沢氏、目黒氏、飯塚氏、米津氏 など


団扇の家紋
軍配団扇(唐団扇)の家紋
羽団扇の家紋
井筒に羽団扇
見延山久遠寺奥の院から西に5kmほどの山中に十萬部寺があります。古くは修験道の寺であり現在は日蓮宗のお寺です。「井筒に橘」は日蓮宗の神紋ですが、井筒の外枠に元々の羽団扇を入れたものと推察されます。羽団扇に修 […]
丸団扇の家紋

































